
平子達也研究室(南山大学 人文学部日本文化学科 平子達也ゼミ)
研究姿勢
私の関心は、ある地域で話されていることばが、どのような変遷を経て現在の形に至ったのかを明らかにすることにあります。
特定の形式や語法が、いつ・どのような条件のもとで現れ、保持・変化してきたのかを追跡することは、単なる形態の記録にとどまらず、言語使用の歴史的実態を復元する試みでもあります。それは、かつてそのことばを使っていた、あるいは今も使っている人々の歴史を復元することにもつながると考えています。
研究においては、記述と歴史の視点を接続し、現地調査に基づく実証を何よりも重視してきました。また、個々の現象を丁寧に観察すると同時に、それが言語体系全体の中でどのような意味を持つのかを常に意識するようにしています。こうした個別の記述の積み重ねを通じて、その言語の全体像に迫ることを目指しています。
島根県奥出雲町の仁多方言は、長年にわたって継続的に調査を行ってきた方言であり、地域内でも方言の継承に向けた活動が活発です。調査では、地域の方々との信頼関係を築きながら、方言の記述が継承や教育の一部として役立つよう意識して取り組んできました。地域の人びとが自らのことばを大切にしようとする姿勢に触れるたびに、記述が単なる外部からの観察ではなく、共同的な営みにもなりうることを強く感じています。
また、仁多方言では、若い世代の間でアクセント型の変化が見られるなど、方言内部での自立的変化も観察されます。記録を通して、ことばが今まさに変わりつつある現場に立ち会えることも、この地域の調査の大きな魅力の一つです。
一方、岐阜県の旧徳山村で話されていた戸入方言については、比較的最近になって調査を始めました。
この地域はダム建設によって集落そのものが消滅し、言語の自然な継承はすでに不可能な状況です。残されたごく少数の語り手からお話を伺い、一言一句を記録するなかで、言語を記述することの責任と重みを深く実感しています。この方言には、もはや言語内部での自立的な変化は起こりません。つまり、ことばが使われなくなるということは、変化もまた止まるということです。
将来的に地域で活用されることは難しいかもしれませんが、それでも記録を通じて、かつてこの地に暮らし語っていた人びとの存在を、記録と記憶にとどめることは大きな意味を持つと信じています。
方言調査とは、資料の収集と分析を超えて、ことばを通じて人と社会に応答する営みです。今後も私は、各地域のことばに真正面から向き合い、記述・通時的分析・社会的実践の三者を行き来しながら、自分にできる仕事を丁寧に積み重ねていきたいと考えています。個別の現象から全体へと向かう姿勢を保ちつつ、その成果を学問の内側にとどめるのではなく、地域の方々とも分かち合う道を模索していきたいと思っています。
私にとっての言語研究は、知的な営みにとどまらず、人の生きた証に向き合う行為であり、社会とのあいだに応答関係を築く手段でもあります。私はこれからも、この立場を大切にしていきたいと思います。
最新の研究業績などはresearchmapに掲載しています。